M&A後の会社に入って見えたこと
成約直後のPMIではなく、ポストPMIに近い現場
M&A仲介会社から、M&A成約後の建設業に関わる中小企業に入って約3か月。いわゆるDay1からDay100が経ちました。対象会社自体は成約から一定期間が経過しており、フェーズとしては成約直後のPMIというより、ポストPMIに近い位置づけになります。
成約直後にはPMIコンサルにも入っていただき、100日プラン自体は実施されています。ただ、少なくとも今回のケースでは、SWOT分析、決裁フローの確認、従業員インタビューによる課題抽出など、現状把握を中心とした内容にとどまっていました。
難しいのは、課題を出すことではなく定着させること
もちろん、最初に現状を整理することには意味があります。ただ、会社の中に入り日々の業務を見ていると、PMIで本当に難しいのは課題を出すことではなく、その課題を現場で実行し、定着させていくことなのだと感じました。
仲介会社では約10年、多くの経営者の方々にお会いしてきました。財務、労務、営業、事業承継、後継者不在、買い手との条件調整。さまざまな場面に関わってきたつもりでした。しかし、実際にM&A後の会社の中に入り、社員との関係、顧客対応、売上づくり、労務整備、仕組みづくりに向き合うと、外から見ていた頃には見えていなかったことが本当に多くありました。
仲介会社での経験が活きたこと、活きなかったこと
論点を整理する力は役に立った
財務、労務、営業については、一定の基礎知識がありました。会社の数字を見ること、経営者と話すこと、課題を整理して提案することには慣れていました。短期間で会社を理解し、論点を整理し、関係者に説明する進め方は、中小企業の中に入ってからも確かに役立ちました。
経営判断はまったく別物だった
一方で、できないことのほうが多くありました。最も大きいのは、経営判断そのものがよくわかっていなかったことです。仲介者として横で見ていたことと、当事者として決めること。両者はまったく別物でした。
上場会社や仲介会社では、営業に集中できる環境があります。しかし中小企業では、経営に近い立場になると、営業だけをやっていればよいわけではありません。労務、財務、システム、マーケティング、採用、顧客対応、社内調整、関係先との折衝。あらゆることに同時に向き合う必要があります。
100日間で取り組んだこと
突き詰めれば「可視化」だった
この100日間で取り組んだのは、突き詰めれば一言で「可視化」でした。対象会社のDDにも立ち会い、財務、契約、組織を一通り確認したうえで転職を決めています。それでも、入社して一週間で痛感したのは、見えていなかった部分のほうが圧倒的に多いということでした。
研修があるわけでも、マニュアルがあるわけでもありません。社内の情報は、個人の手元や紙の資料に分散しており、必要な情報をすぐに探せる状態とは言えませんでした。まずは、見えていない部分を見える形にすること。それで精一杯だったというのが正直なところです。
1. 社内の情報共有を見直す
中小企業では、日々の判断や顧客対応が、個人と個人のやり取りに閉じやすい傾向があります。少人数の会社では、それがスピード感や阿吽の呼吸として強みになる場面もあります。ただ、M&A後の会社として考えると、判断の経緯や顧客対応の履歴が個人の中に閉じてしまうことは、引継ぎや組織運営の面で課題になります。
そこで、チャットツールの導入、クラウドでのファイル共有、AIツールの活用環境を整えました。仕事の流れが見えるようになり、紙に印刷して手渡ししていた書類も減りました。急な変化に最初は驚かれた面もありましたが、今では従業員のみなさんが自然に使いこなしてくださっています。
2. 労務関係の整備
就業規則、賃金規程、勤怠管理、残業管理。中小企業では、必要性は分かっていても後回しになりやすい領域です。この100日では、専門家の力も借りながら、規程と勤怠管理の整備を進めました。ただし、3か月で完了したわけではありません。ルールを作ること自体が大きなプロジェクトになります。
3. 営業の現状把握とチャネル拡張の準備
どのチャネルから問い合わせが来ているのか。商談数はどの程度あるのか。契約率は何%か。どの媒体に依存しているのか。新たに増やせるチャネルは何か。過去の顧客情報や営業履歴も、改めて整理し直す必要がありました。
このあたりを把握するだけでも、想像以上に時間がかかりました。そのうえで優先順位をつけ、営業チャネルを増やす準備を進めました。ただし、できたのは準備と一部の導入までです。売上に直結する成果は、まだこれからです。
4. 顧客対応の改善
中小企業では、一人ひとりが日々の業務に追われています。顧客の声やクレームを起点に、会社全体の仕組みを直していく余裕は生まれにくい。そこで、打ち合わせ内容を残し、認識のズレや抜け漏れを減らす取り組みを始めました。大きな改革というより、小さな改善を積み重ねた100日でした。
100日でできなかったこと
数字としての成果はこれから
一方で、できなかったことも多くあります。最も大きいのは、売上や利益を明確に押し上げるところまでは到達していないことです。情報共有の見直し、勤怠管理の整備、営業チャネルの拡大準備、顧客対応の改善。いずれも進めましたが、数字としての成果はこれからです。
労務規程の整備も完了していません。属人化の解消も、まだ道半ばです。社員の意識や会社の文化を変えることは、もっと時間がかかります。PMIという言葉はきれいですが、実際に会社の中に入っていても、100日でできることは限られています。
PMIは、月1回のコンサルだけでは難しい
社内に実行する人が必要
会社の中に入って強く感じたことがあります。PMIは、外から月1回アドバイスするだけでは、なかなか進まないということです。もちろん、外部コンサルの支援には意味があります。専門家の助言や第三者の視点が有効な場面もあります。
しかし、中小企業の現場では、日々の業務、社員の感情、経営者の判断、顧客対応、資金繰り、採用、労務、営業が同時に走っています。その中で会社を動かしていくには、経営者の右腕となる人、後継者候補となる人、現場で実際に仕組みを変えていく人が必要です。
フルタイムで入っても、100日でできることは限られる
会社の中にフルタイムで入っていても、100日でできることは限られています。そう考えると、月1回の関与で会社を大きく変えることがいかに難しいか、改めて実感しています。
M&A前に、もっと準備できたことがあった
成約後に初めて考えるのでは遅い論点
今回一番伝えたいことは、M&Aの成約前に、もっと準備できたことがあったということです。労務の整備、財務管理の整備、社内体制の整理、経営者からの引継ぎ計画、買い手側の関与体制、成約後の経営体制、成長戦略、営業体制、PMI計画。これらは、成約後に初めて考えるのではなく、検討段階、少なくともDDの段階で、もっと深く確認しておくべきだったと感じています。
違和感があれば、一度立ち止まる
M&A仲介会社は、案件化し、買い手を探し、条件を調整し、成約まで進めることに大きな役割があります。一方で、営業目標と成約スピードが強く求められる構造上、「成約後にどうするか」は後回しになりがちです。
もし、M&Aを検討中の経営者の方、あるいは経営者を紹介された税理士・会計士の先生方をはじめ紹介者の立場の方が、進め方に違和感を持たれた場合は、一度立ち止まり、セカンドオピニオンや信頼できる第三者の意見を聞いてみることも大切だと思います。
成約後に困るのは、売り手経営者であり、買い手であり、何より従業員です。M&Aは成約して終わりではありません。交渉の中で解決しきれていない課題、成約後の姿がまだ見えきっていない論点があるのであれば、その都度しっかり向き合い、必要なものは契約書に落とし込んでから成約することが本来は必須だと感じています。
これからの100日
見えた課題を、成果につなげていく
この100日間でできたことは限られています。ただ、見えたことは多くありました。ここからは、売上と利益の拡大に、より直接向き合っていく段階です。営業チャネルを増やすだけでなく、実際に受注につなげる。若手を育てる。経営者の判断基準を言語化する。労務規程を仕上げる。属人化を解いていく。
M&A仲介をしていた時には見えなかったことが、会社に入って初めて見えてきました。この経験を、今後の事業承継とPMI支援に活かしていきたいと思います。
M&Aは、成約して終わりではありません。成約前の準備、DD、契約条件、引継ぎ、成約後の体制づくり。そこまで含めて考えて初めて、中小企業にとって意味のある事業承継になる。この100日で、そのことを強く実感しました。